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ドイツ・サックスの歴史的背景【チェコスロバキアから始まったサックス】

投稿日:2021年9月30日 更新日:

セルマーを源流としないドイツサックス

『ユリウス・カイルベルト』以外は日本であまり馴染みのないドイツ・サックス。

日本国内ではほとんど情報のないドイツ・サックスについて歴史背景とともに解説します。

ドイツ・サックスには以下のような特徴があります。

  • ドイツ・サックスのルーツはチェコスロバキア。
  • ドイツの老舗サックス・ブランドは第二次世界大戦後、東西に分断された。

ドイツ・サックスのルーツはチェコスロバキア

ドイツ・サックスのルーツは意外にも『ドイツ』ではなく『チェコ・スロバキア』にあります。
日本にいる私達にはあまり馴染みがありませんが、実はチェコとスロバキアとドイツは隣り合った国で、両国は歴史的にも深いつながりがあるのです。

ドイツ圏のサックスはチェコ・スロバキアの『コーラート/V.F.Kohlert& Sons』から始まり、そこで修行したカイルベルト(兄弟)によってその技術が、その後の新しいドイツ・ブランドに拡がっていった…というのが大まかな流れです。

 

ズデーデン地方

クラシックに詳しい方はご存知だと思いますが、「グラスリッツ」という地名を聞いたことがある方も多いと思います。
この「グラスリッツ」は「ズデーデン地方」という地域にあるのですが、ドイツ・サックス発祥の地もこの「ズデーデン地方」なのです。

ズデーデン地方は、地図を見ておわかりの通りチェコスロバキアの外側、国境に沿う形で存在する地理的にもユニークな場所に位置します。

ドイツとチェコ・スロバキアの国境にあるこの地域には、モーツァルトの時代から楽器製造で有名でした。
当時は現代のように工場で楽器を大量生産する、という時代ではなかったので、
職人さんたちが工房で楽器を1つ1つ手造りで製造する…そんな時代でした。

そういった工房には、ドイツからもたくさんの職人さんが集まっていました。
この当時チェコとスロバキアはドイツ帝国の領土でした。そのためドイツ語圏の職人も数多くズデーデン地方に住んでいました。
言語はそれぞれ違いましたがドイツ人、チェコ人、スロバキア人、という国の違いを越えズデーデンの職人として共生していました。

チェコ・スロバキアの代表ブランド『V.F.コーラート』

こういった時代背景の中、1842年にアドルフ・サックスによる「サキソフォン」の発明によってこのズデーデン地方でもサックスの製造が徐々に浸透していきました。
その代表的なブランドが『V.F.コーラート/V. F. Kohlert& Sons』(以下”コーラート”)です。
1840年にこの地域で創業した『コーラート』は1900年、2代目となる息子に引き継がれてサックスの製造を開始します。

カイルベルトがコーラートで働き始める

ちなみに1914年にユリウス・カイルベルトが『コーラート』に就職してクラリネットの製造に携わり、その後のサックスブランド立ち上げにつながるキャリアをスタートさせています。

『アドラー』がドイツで初のサックス製造

『コーラート/V. F. Kohlert& Sons』がサックスの製造を開始した翌年の1901年、『オスカー・アドラ/Oscar Adler』(以下”アドラー”)というブランドがドイツで初めてのサックス製造を開始します。

1920年以降はカイルベルト兄弟のおかげで『アドラー』はサックス製造の全盛期を迎えますが、その後カイルベルト兄弟がアドラーのもとを離れると、『アドラー』のサックス製造は急速に衰退しました。

第一次世界大戦中チェコスロバキアが独立

1918年にヨーロッパは第一次世界大戦に突入します。
この大戦中、チェコスロバキアは当時の「ドイツ帝国」帝政下から独立をはたします。

共和国として独立したチェコスロバキアでしたが、当時のチェコ憲法によりズデーデンに定住していたドイツ語圏の人々の生活と権利は従来のまま保護されました。

こうした保護のもとズデーデン、特にグラスリッツの楽器メーカーは繁栄しました。この繁栄は1939年にヒトラー政権によって「ナチス・ドイツ」となったドイツにチェコスロバキアが再び編入されるまで続きました。

 

カイルベルト兄弟

現在では最も有名なドイツ・サックス・ブランド『ユリウス・カイルベルト/JURIUS KEILWERTH』の創業者であるユリウスには「ヨーゼフ、リヒャルト(リチャード)、マックス」という3人の兄弟がいました。4人とも木管業界で活躍しました。

また彼の父もクラリネット職人で、1920年代には父も工房を立ち上げました。
リチャード(リヒャルト)は1949年まで『アマティ/AMATI Kraslice』で働き、クラリネットを製造しました。

ユリウスとマックスは『コーラート』から独立し、『アドラー』でサックス製造を監修していましたが、
1925年にユリウスが『ユリウス・カイルベルト/JURIUS KEILWERTH』をたちあげます。

創業当初は『アドラー』から供給される部品でサックスを組み立てていました。

弟のマックス/MAXは自分のブランドは立ち上げず工房を持ち、1930年代まで『アドラー』や『FXフューラー/FX.Hüller』や『アマティ/AMATI Kraslice』にサックスを提供し続けました。

マックス・カイルベルトと『FXフューラー/FX.Hüller』

ちなみに『FX.Hüller』は1920年代にマックス・カイルベルトの監修でサックス製造をはじめたドイツ・ブランドです。

マックス・カイルベルトは自身の特定のブランドを持ちませんでしたが、彼が手掛けたサックスにはサムフックの下に彼のトレード・マークが刻印されました。

ヒトラー時代のグラスリッツ〜第二次世界大戦

1933年、ヒトラーが政権を握りドイツは「ナチス・ドイツ」政権となります。
その後ドイツは第二次世界大戦へと突き進むことになるのですが(1939年) そんな中、

ユリウス・カイルベルトはコーラートを抜いてドイツ最大のサックス・メーカーへと成長していきます。

そして実質的な第二次世界大戦開始となる1939年の前の年、1938年にナチス・ドイツはズデーデン地方をドイツ帝国の領土として編入します。

終戦とドイツ人の強制移住

開戦から5年後の1944年、ソビエト連邦軍がスロバキアに進行し解放することで第二次世界大戦はようやく終戦へと向かいます。
この1944年からポツダム宣言の行なわれた1945年にかけて、敗戦したドイツの人々はチェコ・スロバキアから追放・迫害されます。

ポツダム宣言によってチェコ・スロバキアとドイツの東側(のちの東ドイツ)はソビエト連邦(ソ連)の監視下に置かれます。
こうして第二次大戦後、ソ連の社会主義の色が強くなる東ドイツとチェコスロバキアは、それまでの企業・産業がどんどん国営化されることになります。

カイルベルトやコーラートなども例外なく国営化されることとなり、
創業者のカイルベルト一家、コーラート一家は会社を残して西側ドイツに強制移住させられることになります。

既存ドイツ・ブランドは国営化として『アマティ/AMATI』に吸収

もともと『アマティ/AMATI Kraslice』は1945年に民間の産業協同組合として創立しました。
設立当初は各ブランドの調整役としての色合いが強かったので
『カイルベルト』と『コーラート』と『ヒューラー』のチェコ人スタッフを雇ってスタートしました。
マックス・カイルベルトも1945年の終戦・国営化までAMATIに携わりました。

ですが第二次世界大戦の終わりにはソ連の監視下のもと、カイルベルトをはじめとした
既存のドイツ〜チェコスロバキアのサックス・ブランドを統合・吸収した

国営ブランドとして『AMATI』が残され再編されました。

 

戦後の『カイルベルト』と『コーラート』

コーラート一家は強制移住によって西ドイツに移った後、新たに『コーラート&co』という

 

ブランドを立上げますが、当然、品質の落ちた楽器しか製造できませんでした。

そして1966年に破産しました。

本家『コーラート』は国営化され本家「カイルベルト」と共にアマティに吸収されました。

『カイルベルト』一家は西ドイツに強制移住後、1947年に修理業から再スタートします。
再スタート後のオリジナル・サックスはコーラートと同様品質の落ちる「寄せ集め品」でしたが、「コーラート」が総合楽器製造を続けたのに対して、カイルベルトはサックス製造に特化したことで次第に品質と利益を取り戻しました。

 

冷戦後に生まれたドイツ・ブランド

第二次世界大戦後、ソ連は社会主義国家としてアメリカをはじめとした西側諸国と対立、世界はいわゆる冷戦状態が始まります。
ソ連側にあった東ドイツでは社会主義が進み製造業に携わる企業が『VEB』と呼ばれる国営企業に再編成されました。

VEBとして有名な企業はカメラ製造の『カール・ツァイス』などがあります。
こういったVEB企業として生まれたのが『B&S』です。『B&S』は3つのVEBが統合されて誕生しました。
そして『B&S』はプロ・モデルを製造し既存ブランドの『ウォルトラング』を廉価版のラインとして吸収しました。

ドイツ統一<1999年>

1999年に入り東西に分かれていたドイツが統一されました。
『AMATI』とB『B&S』は国営から民間企業へと再編成されました。

主なドイツ・サックス・ブランド

最後に、主な過去のドイツ・サックス・ブランドをまとめます。

ブランド名 読み ブランドの概要
V. F. Kohlert& Sons
 コーラート
ドイツ圏サックスの元祖メーカー。カイルベルトがここで修行。のちに国営化されアマティに吸収。
Oscar Adler
オスカー・アドラー
ドイツ初のサックス製造。その後ユリウスとマックスのカイルベルト兄弟が監修・製造に関わる。東ドイツの企業として国営化によりVEBに買収。サックスは製造されなくなる。のちに「B&S」に統合。
JULIUS KEILWERTH ユリウス・カイルベルト
1938年にドイツ圏最大のサックス・メーカーになる。第二次大戦後、チェコスロバキアから西ドイツに強制移住。そこでカイルベルトを再スタートさせ現在に至る。
初期からカイルベルトは海外ブランドのOEMをメインとし、またズデーデンの他の工房に対して積極的に管体や技術を共有した。そのためコーラート以外のほぼすべてのドイツ圏サックス製造は『ユリウス・カイルベルト』社、もしくはマックス・カイルベルト工房の技術がもとになっている。
Dörfler & Jörka(D&J)
ディー・アンド・ジェイ
もともとカイルベルトの下請けをしていたがカイルベルトからの仕事供給が滞り、カイルベルトの「コピー品」を販売。カイルベルトと裁判になる。裁判では有罪にならなかったが、後にカイルべルトと和解し下請けにもどる。マイナー・ブランドのステンシル製造も数多く請け負った。
F. Köhler
Fケーラー ケーラーは1913年から1933年くらいの間、Oscar AdlerやMönningで働く。その後独立し、工房でサックス制作をはじめ、当時のSchusterやC.A.Wunderlichにサックスを供給。
F.X. Hüller
FXフューラー
マックス・カイルベルトの監修でサックス製造開始。国営化でアマティに吸収。
G.H. Hüller
GHフューラー 1920年代にサックス製造開始。木管の総合メーカーとして発展し、サックス部門は1930年代にアドラーを抜く規模に成長。戦後はサックス部門を含めた数部門が東ドイツ・ソ連に国営化され最終的に『B&S』に吸収。現在ではファゴットが有名。
Gebrüder Mönnig
マニング ベーム式フルート製造からサックス製造へ。1950年代に東ドイツの国営化政策でサックス部門は廃止。現在はオーボエ・ファゴットのメーカー。
Hammerschmidt
ハンマーシュミット 1873年クラリネット製造で創業。サックス部門は1950年代からアルトとテナーを自社製造、バリトンとソプラノはカイルベルトのステンシルを販売、という形で運営。チェコで創業されたが終戦後、創業一族がドイツへ強制移住されドイツで再スタート。1982年頃にサックスの製造販売は終了。
Werner Roth (WERO)
WERO
ケーラー/Köhlerにサックス製造を師事。ブライテンフェルトで創業。B&Sのステンシルも製造。
Wolfram
ウォルフラム 1945年創業。1948年サックス部門スタート。東ドイツのVEB「PGH / Sinfonia」に吸収された1960年代後半にサックス製造は終了。
Weltklang
ウェルトクラン
戦後国営化されB&Sのセカンド・ラインとなる。
B&S
ビー・アンド・エス 東ドイツ下で3つのVEB企業が統合され誕生。ドイツ統一後は民営化され『デイヴ・ガーデラ』など製造。
AMATI アマティ
旧東側の代表的な管楽器メーカー(正確には産業組合)。第二次大戦後、チェコスロバキアでコーラートや旧カイルベルトを吸収しスタート。国営化当時は強制移住させられたカイルベルトの遺産(製造工場・部品)をそのまま使い販売していたので、1950年代のAMATI製管体とカイルベルト管体は見分けがつかない。90年代に入ってドイツ統一後は民営化され、カイルベルトの初級・中級モデルの製造なども請け負った。現在は事実上は破産状態だがサックスを含めた楽器の販売は継続。
Schuster シュースター 現在は金管楽器を製造。
C.A.Wunderlich CAブンダーリッヒ 現在は弦楽器メーカー。
RICHARD KEILWERTH リヒャルト・カイルベルト ユリウスの兄弟「リヒャルト(リチャード)」のブランド。クラリネット職人だったリヒャルト自身はサックス製造を手掛けていないが、総合木管楽器メーカーに成長していく中でサックス・ステンシルを仕入れ販売していた時期がある。現在はクラリネット製造メーカー。

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