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カイルベルト・サックスの基礎知識〜80年代以降編

投稿日:2021年9月10日 更新日:

今回の記事でわかるカイルベルトの知識

この記事では、以下のことがわかるようになります。

  • 1980年代から”シャドウ”に至るまでの、カイルベルトの『近年の歴代モデル』がわかるようになります。
  • 公式HPだけではよくわからないカイルベルトの歴史が理解できます。(次回の記事で解説します)
  • 1980年以降の「ブランド名がちがうけど実はカイルベルト」というモデルについて知ることができます。

謎が多い?ドイツ産ブランド〜ユリウス・カイルベルト

”シャドウ”の存在によって最近有名になってきた感のある「ユリウス・カイルベルト」は、ドイツのサックス・ブランドです。

サックス・ブランドとしてどんなモデルを造り、どんな歴史を歩んできたのか…ということについては日本であまり情報がないブランドです。
日本国内の大手楽器店のサイトを見てもあまり詳しい資料がありません。

これはドイツ圏の複雑な歴史背景が大きく影響しています。

ここで「ドイツ」ではなくあえて「ドイツ圏」と書いたのは、実はドイツ・サックスの成り立ちには「チェコ、スロバキア」というドイツ隣国の存在がはずせないからです。
そして、この3国(当時は「チェコ・スロバキア」と「ドイツ」の2国)が戦争によってフクザツに絡み合っていることでドイツのいろいろなサックス・ブランドの理解を妨げている要因になっているのです。

まずドイツとチェコ、スロバキアのフクザツな事情を知る必要があります

<↑左:スロバキア、真ん中:チェコ共和国、右:ドイツ、の各国旗>

…ということで、カイルベルトの歴史についてより理解するには、この3国の歴史背景を知る必要があるのですが、

かなり長くなってしまうので、ドイツ圏の歴史背景については次回なるべくわかりやすく詳しくまとめようと思います。

次回以降の記事で、歴史背景とカイルベルトの成り立ちなどは解説しますので、ここではカイルベルトについて以下の点だけおさえておいてください。

  • カイルベルトは1920年代に『チェコ・スロバキアで』創立
  • ユリウス・カイルベルトには他に2人の兄弟がいる!そしてみんなドイツ圏サックスの成り立ちに深く貢献している
  • ユリウス・カイルベルトは大きく4期(グラスリッツ期・ナウハイム期・ブーツィー&ホークス/Booty&Hawks期・クランポン・グループ/Buffet Crampon期)に分けられる。
  • カイルベルトは他の有名ブランドにも数多く管体・技術を提供している

そして今回取り上げるのは、上記の『ナウハイム期の最後期』から『クランポン・グループ期』まで、西暦でいうと1980年代から2021年までの歴代モデルです。

1980年以降の歴代カイルベルト・モデル紹介(ピーター・ポンゾールから90シリーズまで)

<↑上から”ナウハイム期”の刻印/真ん中”西ドイツ(Bootey&Hawkes傘下)期”の刻印、/そして下が”ドイツ統一後(クランポン・グループ傘下)期”。>

80年代から現在に至るカイルベルト・サックスの変遷は、以下のような流れになります。

  • 1982年:創立者ユリウスの息子ヨーゼフ氏が死去。3代目としてヨーゼフの娘クリスタと長男ゲルハルトがカイルベルトを継ぐ。
  • 1986年:90年モデル〜現行モデルまでのベースとなる「ピーター・ポンゾール・モデル」開発。
  • 1989年:Boosey&Hawkes(イギリス)グループの傘下に。刻印がカイルベルト・マークから「JULIUS KEILWERTH WEST GERMANY」表記に変更。
  • 2000年代前半:Boosey&Hawkesが倒産しかけ、カイルベルトとクランポンはクランポンがBoosey&Hawkes参入時に切り離して売却したフランスのグループ(The Music Group)に買収されます。
  • 2006年:「The Music Group」は解散。「Schreiber&Keilwerth」は独立した会社になる。
  • 2010年:新たに出来た「ビュフェ・クランポン・グループ」に買収されます。

まずはカイルベルトの近年(1980年以降)のモデルを古い順にざっと紹介します。

現代カイルベルトはここから始まった!!『ピーター・ポンゾール・モデル』

1986年に最重要モデルが誕生します。それは『ピーター・ポンゾール・モデル』です。
「90シリーズ」に至る現代のカイルベルトに見られる特徴は、すべてこのピーター・ポンゾール・モデルからはじまりました。

1989年〜2000年 Boosey&Hawkes傘下

ピーター・ポンゾール・モデルで過去の管体デザインを一新したカイルベルトでしたが、1989年からイギリスの音楽出版社を母体とするグループ「Boosey&Hawkes/ブージー&ホークス」に買収され、それまでの「カイルベルト家」による経営はここで終わります。

カイルベルト家からは3代目のゲルハルトヨッヘンが現場の指揮としてカイルベルト・ブランドに残ります。

ちなみに「Boosey&Hawkes」という会社は1900年頃には自社工場(イギリスのエッジウェア)で管楽器の製造・販売もしていました。(その後、2000年まで管楽器全般を扱っていましたが、サックスは1960年くらいから他社製造の管体を販売していました)

 

以下の記事は、Bootet&Hawkesのサックス・レビューです。

boosey&hawkesのアルトサックス『EDGWARE/エッジウェア』を買取りさせて頂きました。

 

TonekingとToneKing Special

「Toneking/トーンキング」は1代目ユリウスの時代から存在するカイルベルトの代表モデルです。

1930年代から「90シリーズ」が生まれる80年代後半まで、デザインを変えながら生産され続けました。

70年代まではキィガードが個性的なモデルでしたが、この80年代後半バージョンのToneKingとTonekingスペシャルはピーター・ポンゾール・モデルの管体をベースとしたモデルに生まれ変わります。

Tonekingは最初プロ・モデルの位置付でしたが、1980年代に入って中堅モデルに変更され、その後Tonekingは台湾製のコストダウン管体に変わっていきます。

そして代わりに「ToneKing Special/トーンキング・スペシャル」というTonekingのグレード・アップ・バージョンがプロ・モデルとなります。

また、80年代後期になると「Toneking Exclusive」というバージョンも製造されました。

このモデルは「EX-90」へとつながるモデルでした。

KEILWERTH Special(1990年前後)

日本国内向け?と思われるほど日本でしかお目にかからない「カイルベルト・スペシャル」モデルは80年前後バージョンの「Toneking Special」とおなじ外観の特徴をもっています。

中堅モデルにあたりますが80年代まではプロ・モデルだった管体と同じ特徴をもっているので、1世代前のプロ・モデルと同等のスペック、といえます。

ちなみにToneking Special80年バージョンはC.G.Connの「DJHスペシャル」の”前期モデル”としても採用されました。

SX Model(1990年前後)

「SX-90」の前世代モデル。このモデルもピーター・ポンゾール・モデルのデザインを継承しています。

さきほどの「DJHスペシャル」の”後期モデル”やH.Coffの「Superva2」として他社のプロ・モデルとしてステンシル採用されました。

S1最後期モデルとBC-20/Crampon

『S1』や『プレステージュ』といえば、ブュッフェ・クランポンの銘機ですね。

ですが、この2モデルは後期にあたる1980年代、カイルベルトの管体を使った仕様に変更されていました。
これはクランポンもカイルベルトも、同じBoosey&Hawkes経営下のブランドだったためです。

これは現在のモデルでも続いていて、クランポンの現行モデル『SENZO/センゾ』は、カイルベルトの『SX-90R』と管体の特徴が同じです。今ではクランポンもカイルベルトもBoosey&Hawkes傘下ではありませんが、『クランポン・グループ』の傘下で経営されているため、どちらも同じドイツの製造工場で製造されています。

 

1990年代初期〜ドイツ製から一部 中国・台湾製へ

・東西ドイツ統合

90 series(1990年以降)

ここから現行のカイルベルト・モデルにつながる90シリーズがスタートします。
90年当初は初級・中堅・プロモデルと細かくグレードを設定、そしてグレードにより
中国などの下請け工場にて製造…と日本のヤマハやアメリカのConn&Selmerのような生産体制に変化します。

1990年以降、”90″の名がついたラインは、以下のように入門機・中堅・プロモデルが細かく設定されました。

  • SX90R:プロモデル。SX90に「トーンホールリング」を加えたもの。ドイツ製Keilwerth
  • シャドウ:SX90Rの素材違い。ドイツ産ニッケル・シルバー製の管体+ブラック・ニッケルメッキ仕上げで「最上級プロモデル」の位置付け
  • SX90:プロモデル。ドイツ製管体。
  • MKX:中堅モデル。ドイツ製管体。(現在は生産終了)
  • CX90:コパー仕上げ(ブロンズブラス)。ドイツ製管体。(2010年以降は製造中止)
  • EX90シリーズⅠ:中堅モデル。ドイツ製管体。
  • EX90シリーズⅡ:2003年まで生産。ドイツ製管体。
  • EX90シリーズⅢ:2003年まで生産。ドイツ製管体。
  • EX90シリーズⅣ:2003年まで生産。ドイツ製管体。
  • ST90シリーズI:Keilwerthによってドイツで作られました。
  • ST90シリーズⅡ:Keilwerthによってドイツで「部品製造」。チェコ共和国のアマティ/Amati krasliceによる組み立てと仕上げ
  • ST90シリーズⅢ:台湾で製造・組み立て。
  • ST90シリーズⅣ:KHS(ジュピターを擁する会社)による台湾製(2010年以降はSTシリーズとして継続)

2000年代〜 ブュッフェ・クランポン・グループ傘下

2000年から親会社のBooty&Hawksが経営難で会社が傾きかけます。

この影響で傘下のクランポン・サックスとカイルベルト・サックスはコスト・ダウンを目的に2003年に中国製モデルを取り入れるようになります。

そして同年「TheMusicGroup」という会社に売却されることになります。

また2005年以降は正式に中国に支社が出来て、初級・中堅モデルは上海など中国工場で生産されるようになります。

2008年クランポンは中国供給のサックスで市場に復帰しますが、サックスの製造は大幅に制限し、アルト・サックスのみになりました。

これはクランポンがクラリネットを中心とした製造に専念し、サックス部門はカイルベルト・ブランドに任せる、という経営判断の結果と思われます。

2010年にカイルベルトはクランポン・グループに買収され現在に至ります。

2015年、中国に工場・子会社が設立され、本格的にプロ・モデル以下の管体は中国で製造されるようになります。

このあたりからクランポン・ブランドのサックス製造は大幅に縮小され、『SENZO/センゾ』と初級モデルの『BCシリーズ』という2ラインのみ、しかもアルト・サックスだけの販売になりました。

購入を検討するときのポイント

カイルベルトは、時代によって経営陣が移り変わり、それに伴って製造方針や工程が大きく変化したブランドです。
なので、過去モデルを探して購入を検討する場合は以下のポイントをおさえておきましょう。

  • 2000年前後の製造個体には、公称されていませんが、上記のように中国製/台湾製の個体が存在します。
    品質が悪いわけではありませんが、それまでのカイルベルトらしさや現行カイルベルトの特徴とはちがった出音なので、その点をわかった上で検討する必要があります。
  • カイルベルトの大まかな製造時期は「シリアルナンバー部の刻印レイアウト」で判断できます。
  • 『ピーター・ポンゾール・モデル』以降にあたる「90シリーズ」期・「WEST GERMANY刻印」期
  • そしてそれ以前の「カイルベルト・マーク刻印」期でそれぞれ製造方法や音の特徴が違います。自分が好きなカイルベルトはどの時期の個体かを把握しておきましょう。

「ぶ厚く硬いのにスムーズ」なカイルベルトの音個性

カイルベルトはなんといっても独特な「分厚い管体から出ているような出音」が魅力です。

この独特な「出音の厚さ+硬さ」はドイツ産サックスだけのものです。

これはチェコ、スロバキア、ドイツ産のサックス全般にも感じる特徴です。

(V.F.Kohlert&Sons/コーラート、Hammerschmidt/ハンマーシュミット、Oscar Adler/オスカー・アドラーなど)

言葉ではとても表現しにくのですが、セルマーやヤマハなど、私達が一番馴染みのある
いわゆる「マーク6からの発展型」サックスでは、「厚さ+硬さ」というと単に「吹きにくいサックス」で終わってしまいます。

ですが、ドイツ産サックスにはこの常識が当てはまりません。

「硬いのに温かい」そして「スムーズに音が出る」という個体が多いのです。

こういった中でカイルベルトの”シャドウ”に代表される「SX-90R」は、まさに「ドイツ・サックスの未来系」といえます。

SX-90Rシリーズはドイツ産サックスの特性に「トーンホール・リングでの響き」を加えることで
「この分厚い管体をだれでもフルに響かせられる」という全く新しい鳴り方を身につけています。

実際に吹いてみると、この90″R”シリーズのトーンホール・リングは想像以上に大きな役割を果たしていて、開きの狭いトーンホールから
充分な響きを生み出し、響かせにくいドイツ・サックスの弱点を見事に克服しています。

まとめ

カイルベルト「80年〜現行モデル」編、いかがだったでしょうか。
近々…

  • カイルベルト「グラスリッツ〜ナウハイム期編」
  • ドイツ・サックスの歴史背景

についても記事を書く予定です!

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